母とミシンと私。

私が子供のころ 家に 足踏みミシンがあった 蛇の目ミシン かな??

私が産声を上げ 小学生の間 殆ど 母の手作り服を着ている。

買ったズボンがほしいと 文句を言った記憶はあるが 感謝の言葉を 母に言った記憶がない。

感謝の言葉があるとしたら おそらく ポケットの形を母が苦労して縫ってくれたことがある。

ズボンのポケットを お店のズボンのように 斜めに内側にしてほしいと ネダッタことがある 母は一生懸命に お店のズボンのポケットを観察して 縫い方を学び 私の為に

斜めポケットのズボンを縫ってくれた。「ありがとう。」と母に言ったような????

今思えば 母の愛情を 肌身で感じ 少年時代を過したことに 感謝している。

たかが ミシン されど ミシン ミシンで 服を作る 母の姿 出来上がった服に

笑顔で答える 子供は多いのでは 時が過ぎても 子の心に残るはず。

自分の才能を試す為に ミシンに夢を託す 若者がいる。

ミシンから できた 服により 喜びを得る 人は多いいのでは!!

日本の精密機械を 成長させてくれたのは ミシンでは?

なんか 話が 横道に????

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病院。

何軒かの病院に電話し母の様態を話す。
やはり 専門医でなければ 対応は難しいようだ。
母は 自分自身の状態を自覚していない、どのように病院に連れて行くべきか
悩む 前日 父から もう暫く様子をみようと連絡が入るが 俺はダメと言い。
翌朝 実家に行った。 父と母は朝食中 私を見るなり 父が母に 俺の具合が悪い、病院に一緒に行ってくれと頼みだした。
母に「あんた体の具合悪いの。」と聞かれ「うん少し。」と答え 
「寝てなさい。」「大丈夫」何度かそんな やりとりの後 
母は突然怒り出し「悪いけど 寝とってくれる。」 私はふとんに 横になる。 食事後 暫くして 父が出掛けてくるといい 戻ってきてすぐに
私にこれをもって病院に行き、受付してこいと母の健康保険証を渡された。
病院に行き 受付するが本人が来なければ 受付べきないと 断はれ、実家に戻り
母を説得する。母を抱きかかえ 一生懸命母に「俺が守るだから 一緒に病院に行ってくれ。」一生懸命にお願いした。母は「車が怖い。」と泣く 「俺が運転する
俺が母さんを守る。」とお願いする。何度かやりとりがあり 母は「あんたの為に
一緒に行く」と言い、車に乗り病院にいった。なんとか受付を済まし、問診表を書き処置室の前にいたが 母が段々と落着かなくなる。そして処置室に 血圧・体温を測り、母は何度も看護士に「私ではないのです、具合が悪いのは息子です。」と言い 私の具合が悪く 付き添いで来たと思っているらしい。
突然 トイレに行きたいと言い、行こうとしたが 看護士はなにか 気づき
母 一人で行かせず 母と腕を組み「一緒に行きましょう」とトイレに行った。
待合所では待てないと判断した 看護士は処置室で母を待たせ 診察の順番を早め
医師の前に・・・・・・・。
      母は変った。      続く

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一泊。

結婚後約10年 実家を出てから 泊まった時が無い 住んでいる場所が近いのも
あるが 今回は母の様子が気になり 泊まる事にした。
夕方 実家に行く 母が居間の真中に立ち 手を合わせる。「何をしているの。」
聞いても 答えてくれない。「姉が来ます、どうか宜しくお願いします。」と
何度もお願いをしている。
誰に いいの 会話にならない。母に二階の 机の上にお金を置いてきてと 頼まれ、意味不明ながら 従い 二階に上がる。
一階の台所の窓が開けてある 姉が遊びに来るから。
母は落着かない 一階と二階を 行ったり来たり。母が二階にいる間に
父に もう窓閉めておこうかと言い。 窓を閉めた その後 母が来た
窓を閉めてある事に気がついた母は 座っている父の上着を掴み
「開けといてと言ったでしょう。」と叫び 父を引きずり上げようとした。
鬼だ まさしく その後 直に 母は気を取戻し 父に謝り 二階に上がる。
父に 病院の話をしたが、老人病だから 治らんと諦めぎみ
それから 晩御飯の準備をする。母は私に 「毒だから 食べるなと 食べさせてくれない、風呂にはいるな。」「二階に上がり寝ろ。」と言うばかり
合間を見て 風呂に入り ざっと 飯を食い 二階に上がり寝たふり
夜中に 私のふとんに 入ってきた。少し一緒に寝たが 又下に下りて言った。
落着かないようである。朝 早く 母に起こされ 待っている人が表いる 早く帰れと 追い出されるように家を 後にした。 
朝 父の顔が疲れていたのが 印象深い。
「父に 近い内に母を病院に連れて行こう。」と一言 を最期に 家に帰った。
                   続く

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事件!!

泊まりで来ていた、姉と子供達 その一人 Iから 朝 電話が 「兄ちゃん、玄関に置いてあった バック 昨日帰る時 あった?」記憶にないな~~。
昨日の夜 爺ちゃんとカラオケに行き 戻ってきたら 見当たらないらしい。
翌朝 付近を捜したが 無いらしい。ばあちゃんが どっかに持って行ってしまったと 犯人扱いされていた。 皆が行方不明になっていた バックを探している間
ばあちゃん が I に一生懸命に話をしていたらしいが、婆ちゃんの声が擦れ声
何を 言っているか 意味不明であるが 福祉関係の学校に行っている。Iには
婆ちゃんの様態が 判ったらしく暫く 座り込み 泣いていたらしい。

その後 皆で買い物に行き 爺ちゃん がIに弁償しようとしたらしく
なだめていたが Iの態度が悪く 車中で 怒ってしまった。
かなり 強烈に怒鳴ったらしい。
それから 数日後 実家に行った。

母の目が怖い すわっているような感じ、いつも温厚な母の態度が怖い
そんな 感じを受けた。

父が車中でIを怒った話は 後日聞いた話ですが、母が一番 可愛がっていた
I が目の前で 怒られたので ショックを受けたのか 判らんが
徐々に 変化が強い。

数日後 明らかに 激変!!

                   続く

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変化!!

新年の挨拶の後、母にチョコレートを 渡した。
いつもなら 笑顔でありがとうと 一言 
今日は なにか暗い 表情が暗い チョコレートを眺め
戸棚にしまった。こんな時もあるか と思い、暫くそっとしていた。
時折 母が台所の 北西に向かい 手を合わせ 拝んでいる。
顔の表情が硬い 父に何気なく 母さんどうかした。と聞いたら
なんか 幼馴染の一人が突然 亡くなったと連絡が入り 手を合わせるように
なった と言う。 母の行動が落着かない 新年の挨拶を終え 帰宅時 姉を呼び
一緒に実家を後に 母さんの様子を話したが ピンとこないようだ。
姉の性格は 父と同じ 自分以外に興味がない。
自分の言いたい事は 相手の気持など無視し 言うが 人の話は聞かない。

私も一ヶ月ぐらい 実家に行かなかったが 様子を見に頻繁に実家に行くようにしようと 考えたが  その翌朝 事件は起きた。

                       続く

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いつものように。

新年が明け 元旦は妻と二人で 家で過すのが
我が家の ルール 雑煮を食べ おせち料理は準備せず、
二人の好きな 黒豆と栗きんとん なます を並べ 迎えるのが
恒例である。 年賀状が届くと 一枚一枚二人で眺め 
ただ一日が淡々と過ぎていく 明日二日は 私の実家に年始の挨拶に行く

昼前後に挨拶にいくのも 恒例の行事のように 毎年繰返される。
2005年1月2日も 同じように実家に行った。
父にお酒を 母には好きなチョコレートを買い 嫁さんと二人 で行った。

                          続く

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突然の出来事!!

母の表情がおかしい、変です。
今年の年始の挨拶の時 感じました。
顔の表情の硬さ 突然 手を合わせ独り言

年始の挨拶以後 実家に顔を出し 母の具合を気にしていたのです。
段々と 発言する内容がおかしくなり、何かに追い立てられているような
感じでした。

会社帰りにより 一泊して見ました。突然 飯を食うな 毒だと言い。
食べさしてくれません。何とか 父とごはんを食べ 逃げるように
床に入り 寝たふり 母は一階と二階を行ったり来たり 落着かない

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